ザ・ターゲット
先日、渋川稽古の帰り道に学生時代によく使った道を通って帰った。
懐かしさを感じつつ通りながらも、急に高校時代に起きたアクシデントを
思い出した。今回はその話を。
あれは高校2~3年の時だったろうか。
私は友人の『あゆ』と二人で自転車で登下校していた。
この友人・あゆは実は渋川道場のF・A君のお父さんなのだが、
私達は毎日二人で遠い自宅を目指し、帰っていた。
そんな毎日の中で、たまに金島小学校から自宅まで続いている道を
遠回りながらも使っていたことがあった。
そして、金小を自宅方面に行ってすぐに右側に
道路沿いに広大な敷地をもった家があった。
自宅までは結構な上り坂なのでいつも自転車を押して帰っていたのだが、
私達はその家の前を通るのがちょっと嫌だった。
何故かと言うと、大きな庭の木々の間にロープを通し、そのロープに
鎖・首輪を繋げ、ロープ間を行き来できるようにつながっている
バカでかい犬がいたからだ。
私は犬好きだが、この犬にはかなりの恐怖を感じていた。
何しろ吠え方が普通ではない。
私達が前の道を通るだけでガフッガフッ凄いのだ。
鎖を引きちぎらんばかりに私達めがけて跳びついてくる。
しかも勢い余って背中から落ちるほどにだ。
鎖はガシャンガシャン言っている。
『おいおい、あの鎖切れないだろうな・・・。』
私達はこの犬の前を通る度にビビっていた。
何しろ凶暴すぎる。
たまに犬が寝てると本当に安心した。
ところで犬種は何だったのか?
私も犬種はそれなりに詳しい方だが、あの犬は分からない。
とにかくデカい。
ドーベルマン?ちょっと違う。
ボルゾイ?あそこまで毛は長くない。
狂犬病に思える程凄まじいフェイス。
牙むき出しのフェイス。
黒光りしている体。
犬なのに目がイっている。
ヤバい。ヤバすぎる。
そんな文字通りのこの狂犬がある日・・・。
ある日の夕方。
例によって狂犬の前を通って帰ることになった私とあゆ。
いつものようにいるにはいたが、体を地面に付け寝ているように見える。
念のためなるべく音をさせないように静かに自転車を押しながら横切ろうと
した時だ。
あゆが
『ああああぁ~~・・』
と言葉にならない声を発しながら狂犬を指差している。
よく見るといつもは鎖につながっているはずの狂犬がつながれていない。
「ああああああぁ~~」
私は震えあがった。
私達はあの犬様に気付かれないよう、細心の注意をしながら通り過ぎようと
した。
が、駄目だった。
20m程離れた位置まで来た時。
あのお犬様はヌクッと顔を上げ、あの素敵な綺麗な歯を私達に見せながら、
庭を飛び越え、殺る気満々でこちらに走ってきたのです。
『うわあぁぁーーー!!』
私達は押していた自転車に飛び乗り、逃げようとしました。
私は素早く乗り全開でペダルを漕ぎ始めたのですが、
後ろを振り返ると、あゆは慌てていたのでしょう。ペダルを踏み外して
自転車を倒してしまったところを目撃。
その10m後ろにはすでに狂犬が・・・。
あゆ・・・ごめんよ。いつか敵は討つから・・・・。
でも討てなかったらごめんね・・。ていうか討つ気湧かない・・・。
私は自転車を止めたまま、一旦思考が停止しました。
ハッと我に返り、あゆに目を移すとすぐ後ろには狂犬が。
あゆがやられる、と思った瞬間、予期せぬ事態が起こりました。
なんと、、、あのバカ犬はあゆの横を猛スピードで通り過ぎ、
脇目も振らずにこちらに突進してくるではありませんか!
えっ!! 俺っ!?
俺かよーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
『うわあああぁーーーーーーー』
私は再度自転車に飛び乗り、ありったけの力を振り絞り
ペダルを漕ぎ続けました。
チラッと振り返るとあゆはバイバイと手を振り、来た道を自転車で
戻ってどこかに行ってしまいました。
あのバカ犬に目を戻すとガフッガフッ言いながらまだ追ってきます。
ヤバい。あんなのに空手通じねえよ・・・。
すでに空手は始めていましたが、この方の前には無力だと感じました。
緩やかですが上りなので自転車のスピードはいまいち上がりません。
100m程漕いだでしょうか。
私も疲れ、スピードが落ちました。このままでは追いつかれる。
クソっ、こうなったら一か八か蹴りまくってやる、と決心して振り返ると、
あいつはいません。
後方に目を移すと道路上に横になり休んでいるヤツを発見。
やった。俺はヤツに勝った。
人間様に、文明の利器に追いつけるわけがないんだ。
逃げ延びた私は嬉しさの絶頂にいました。
しばらくして後方から違うルートを使って来たあゆと合流した。
お前よく大丈夫だったな、と聞くと
『俺も自転車が倒れた時はもう駄目だと思ったけど、
あの犬が俺の横を思いっっきり通り過ぎたのには思わず笑った。
あの犬お前しか見てないんだもん。それよりもお前の声。
うわああぁぁって!後ろから見てたらめちゃめちゃ面白かった。
必死に逃げてんだもんな』
と言いながら大笑いするあゆ。
当たり前だ、あんなもんに追いかけられてみやがれ、と言ったが
笑って聞いていない。
そしてあゆは
『人間てさ、犬に追いかけ回されることあるんだね』
と言ってまた大笑いした。
私だってそれまで犬に追いかけられるなんて
マンガだけの世界だと思っていた。
現実に起きただけに返す言葉もない。
しかも何故にあの犬は私にターゲットを絞ったのだろう。
永遠の謎である・・・・。
おわり