カラテ指導顛末記 vol.3 井原最終章
井原ファンの方(そんな人いるのかな?)、お待たせしました。
今回は井原・最後のドラマをお送りします。
その後、井原は順調に稽古を重ねていきました。
道場内では何かと話題を振りまくのですが、稽古は真面目に
来ていました。
そんなある日、いよいよ稽古内で組手をさせることにしました。
いささか緊張気味の井原。
相手は茶帯からオレンジ帯まで。
勿論色帯には力を入れさせずに組手をさせます。
一人目の相手は緑帯の大原さん(仮名)。
大原さんは非常に温厚な方で私と同い年です。
しかし、数々の大会で実績を残す強い人間です。
まぁ、大原さんなら無茶はしないだろうと思い、井原の相手に選ぶ。
組手が始まった。
井原に攻撃させ、良い所を引き出すような組手を大原さんは
していた。
何回か技を返した大原さん。軽く返してはいるのですが、力差があまりにも
違うため、技をもらう度に苦痛の表情をする井原。
結局遊ばれたような感じで井原の組手は終わった。
時間がきました。
礼をさせ引き上がる時、井原は振り向きざま、ボソリと一言言った。
『バーリ・トゥード(何でもありの競技)だったら勝てるのに・・・。』
・・・なに!?
バーリ・トゥードなら勝てるだと!?
「おいっ!井原ー!!てめえ今何て言ったーーーっ!?」
『えっ?デシデシ(いえいえ)、何も言ってないでやんす(実際やんすとは
言ってないがこちらにはそう聞こえるような言い方なのです)。』
大原さんは人がいいから聞こえているにも関わらずニコニコして
笑っている。
だからこそ私が余計に言った。
「お前、大原さんナメたらはっ倒すぞ!」
『デシっ!!』
全く仕方のない奴だ。
そういえばこんなこともあった。
やはり組手後のことだ。
相手はここにも何回か登場している鹿野(仮名)。
鹿野は井原より1~2週間遅れで入門したので、一応井原の方が
先輩となる。
しかし、この頃になると鹿野の方が圧倒的に強く、力の差は歴然と
していた。
この時も散々鹿野に上段を蹴られ、やられまくった。
そして稽古終了後、井原は後輩に
『今日は顔に上段をもらう練習をしておいた』
と言っていた。
一体どんな練習だ。
負けを絶対認めない男、井原。
そんな井原がいよいよ初審査を受けることになった。
審査当日ー。
前から順に白帯から並ぶ。
受審者全員が並び終えた時、たまたま受審者の後ろで待機していた私に
前にいた先輩が血相を変えて駆け寄ってきた。
『佐藤君ーー!』
「押忍!何でしょうか?」
『あれはどこの道場生?』
息を切らせながら先輩が指を差した先は井原だった。
何かしでかしたのかと思い
「井原と言います。あいつが何かやらかしましたか?」
と聞いた。
すると先輩は大真面目な顔で言った。
『いや、何もしてないんだけど・・・目つきが危なすぎるから。』
目つきが・・・危なすぎる・・・?
私は思わず笑いそうになった。
私は笑いを必死に堪えながら
「あいつ、いつもあんな感じなんです。だから大丈夫だと思います。押忍」
と言うと、
『な、ならいいんだけど。何しろ目つきが・・・・』
と言いながらまた前に戻っていった。
何もしていないのに目をつけられる男、井原。
審査が始まり、あっという間に最後の組手となった。
組手では黒帯が色帯を相手にする。
私は前に立ち、出番を待った。
まずは白帯から順に黒帯の前に並ぶ。
そして白帯は2回組手をする。
井原は私の横の黒帯・風間さん(仮名)の前に並ばされた。
ということは次は私とすることになる。
一人目の組手が始まった。
怪我をさせないよう軽くやる。
しばらくしてふと横を見ると、隣りでやっていた井原が
腹を押さえて倒れている。
「風間さんに効かされたか・・・。」
横目でチラチラ井原を気にしながら組手をしていると、風間さんが
『オラー!井原ー!早く立てオラーー!』
と言っている。
風間さんも厳しいなぁ、と思い聞いていると、続けて
『早く立てーー。今の当たってねえだろ!!』
えっ!?当たってない?
終了後、風間さんに聞いたところによると、右中段回し蹴りを
打ったのだが、勿論寸止めで止めたらしい。
すると井原は当たってもないのに倒れたという。
三船十段の空気投げじゃないんだから・・・。
井原は立ち上がることなく、一人目を終えた。
次は私とだ。
ところが!
組手が始まると先程の辛い顔はどこへいったのか、がむしゃらに
攻めてくる。
・・・おいおい。ちょっと待てよ。
私の組手はカウンター主体なので攻撃されればされるほどやりやすい。
軽くだが当てていくと、井原の動きがみるみる内に悪くなっていく。
それはそうだ。カウンターは軽くでも相手へのダメージは大きい。
もう寄ってくるなという感じで最後に上段を軽く当てた。
すると井原は振りかぶって
『くそ野郎ーーーっ!』
と言って顔面に殴りかかってきた。
ちょうどその時笛が鳴った。
井原は振り上げた右こぶしを左手で抑え、元の鞘に戻した。
あと1秒残っていたらあんた倒されていたぜ、とでも言いたそうな
得意げな顔をしていた。
こっちが迎撃モーションに入っていたことも知らずに・・・。
しかし、
くそ野郎はないだろ、井原。
後で皆に井原にくそ野郎って言われちゃった、と話したら笑われてしまった。
最終章。
その後井原は半年程稽古を続けた後、
夢だった自衛隊員になることが決まって北海道に行く、と言って退会した。
辞める前、稽古後私のところにきては自分の夢を熱く語っていたので
私も寂しかったが最後は頑張ってこい、と送り出した。
私は井原が好きだった。
変わった奴だったが憎めないキャラクターで、あいつがいると本当に
楽しかった。
井原が辞めた後はしばらく空虚な気持ちが支配していた。
数週間後のある日。
稽古後皆で話していた時、たまたま井原の話になった。
あいつ北海道で頑張っているかな?と話していると
育さん(仮名)が、
『あれ?自分最近見ましたよ。』
と言うではありませんか。
どこで?と聞くと、
『この間、夜11時頃○○ラーメンに食いに行ったんですよ。カウンターで
食ってたら、厨房の中からコラーー!って聞こえてきて店主が怒ってまして。
‘こいつ、ま~た間違えやがって!’
って見ると井原が怒られてるんですよ。あれ?井原?って声かけたら
無視されました。』
・・・井原。
頼むよ。
またっていつも間違えてるのか?
餞別返せ、このやろーー・・・。
完