空手道誠真会トップ >> 館長日記  空手編 >> 我が空手道part1 -入門-

我が空手道part1 -入門-

私は高校1年の6月10日に某空手道場に入門した。
何故6月かというと、高校入学と同時に入門したかったのだが、
父の猛反対があり、説得に2ヶ月かかったためだ。
その空手は当時はケンカ空手と呼ばれ、稽古の激しさは有名だった。
実は父もそこで1級まで取得しており、
そこの稽古の厳しさを肌で感じていたため、飽きっぽいお前などが
続くわけがない、と首を縦に振らなかった。
いつもなら反対などしない父が何度言っても聞き入ってくれないので
仕方なく私は叔父の家に行き、父を説得してくれるよう頼みに行った。
叔父もそこの黒帯を取得していたので、叔父の意見も聞きたかった。
父も叔父も当時は道場に通ってなく、今の雰囲気は分からないと言いつつも
叔父は
『悪いことは言わない。やめとけ。』と言ってきた。
何で?と反論すると
『お前は細すぎる。そんな体でいったらそこらじゅう折られまくるぞ。』
とのことだった。
当時の私は身長173cm、体重60kgくらいだから確かに細い。
大体なんでそんなに入りたいんだ?、と聞いてくるので
『そんなの喧嘩に強くなるため以外に何があんの!?』
と言ったら、
『そりゃそうだ。』と
叔父も笑っていた。
今なら不謹慎な発言かもしれないが、当時空手をやりたいなどという人は
それ以外に動機はないと思う。
私も喧嘩は弱くなかったと思うが、もっと確かな技術?が欲しかった。
喧嘩に負けたら男は恥、といつも思っていた。
叔父は
『お前が本気なら協力するから。俺からも兄貴を説得してみるよ。』
と最後は言ってくれた。
その後も私はどんなに辛くても辞めないからと必死で父を説得し、
しばらくして何とか入門の許可を得ることが出来た。

6月初め。
道場が家から遠いこともあり、父に車で送ってもらい緊張の面持ちで
その道場の門を叩いた。
車中、父は
『おい、本当にどうなっても知らねえぞ。覚悟だけはしとくんだな。』
と、言ってきた。
『ヘッ、そんな脅しに掛かってたまるか』と内心思っていたが、
道場に入った瞬間、父の言葉が嘘ではなかったことに気付くこととなる・・・。

父が
『押忍』と言って先に入った。私も恐る恐るあとから続いた。
お世辞にも綺麗とはいえない板張りのその道場は
独特の匂いを漂わせて私を出迎えた。
見渡すと年季の入ったサンドバッグが一つ隅にぶらさげてある。
壁も板で広さは30坪くらい。
中では15~6人が今でいうアップをしつつ、稽古開始の合図を待っていた。
年齢は20代~40代といったところだろうか。
中に入るやいなや、皆が一斉に私の方を見る。
いや、見るというより睨んでいる。何だてめえ、って感じだ。
この道場、危ねぇ・・・。内心思った。
すると向こうから何やら怪しげなオーラを放つ人が近づいてきた。
見た目は父よりかなり若い感じだ。しかし、何か雰囲気がヤバい。
『おっ、佐藤さん。久しぶりですね。』と見た目とは違い、気さくに声を
かけてきた。
『実は電話でも話しましたが、息子が入門したいと言ってまして』
と私を紹介した。
『こんにちは。入門したいのですが・・・』
と言うと、その人は私の体をジロジロ見ながら
『喜んで。ただ君が一番若いから気をつけてね』
と言った。
『今日は見学して次回から参加しなさいね。』
と言い、その人は稽古に向かった。
その方の名前は鈴本師範代(仮名)。
私の空手の初めての師となる方だった。

道場脇で稽古を見学しながら、私は自分の顔色が変わるのが分かった。
特に稽古終盤にやる組手は度肝を抜かれた。
ガッシリした人達が防具も何も着けずに思い切り突いたり蹴ったりしている。
羽目板に吹っ飛ばしても手を止めない。倒れた相手にも攻撃している。
相手が小さかろうが細かろうが容赦がない。
こんなの、喧嘩でしょ・・・。
父も小声で
『ここからは喧嘩と同じだぞ。気を抜いたらボコボコにやられるからな。
まぁ気を抜いてなくても最初はやられるけどな。』
と笑いながら言ってきた。
笑い事じゃねぇし・・・。
しかし、恐怖を覚えながらも少しだけワクワクしたのも事実だ。
ここで生き残れれば今より強くなれるだろうな・・・。
死ぬほど怖いがやるしかない。
自分でやると決めたのだから。
今より絶対強くなってみせる!
私は空手人生のスタートを切った。
                            続く

« 2008 強化合宿 | メイン | 第14回全日本青少年大会 祝!第3位 »

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)