空手道誠真会は、群馬県下の太田市、館林市、渋川市、兵庫県芦屋市の各道場で、空手を通じて人格を形成すべく、稽古に励んでいます

更新情報・お知らせ

2007/12/25
2007 冬季審査会 −黒帯誕生−
2007/10/07
カラテ指導顛末記 vol.3 井原最終章
2007/09/05
白洲次郎 part2
2007/09/04
白洲次郎 part1
2007/08/13
真夏の怪談
2007/07/11
小学生の青い春? 完結編
2007/07/08
小学生の青い春? -サッカー部時代-
2007/06/25
カラテ指導顛末記 vol.2 井原のナンパ
2007/06/21
カラテ指導顛末記 vol.1 井原降臨
2007/05/07
燃えろ!全日本大会 祝!全日本第3位!!

空手道誠真会の目指す空手

誠真会の目指す空手は、人生にとって、また日々の生活にとって意味のある空手です。

少年部:礼節 (礼儀は周りとの関係を良くする潤滑油。謙虚さと感謝の気持ちを身に付ける。)

    忍耐力(夢や目標を達成するために必要な精神力。継続する力の養成)

    観察力(稽古は真似ることから。自分に足りないものは、周りが気付かせてくれます)

一般部:関係性の構築(手足の連動性を稽古で身に付けましょう)

    中庸の心(鍛錬により、常に精神の安定を目指しましょう)

    哲学の身体化(培ってきた思考を動作に反映させられるよう鍛錬しましょう)

空手の鍛錬により自分を知り、思考のバランスを整え、心身の調和をはかり、

気力体力が充実し、人生を心豊かに過ごせるような空手道を誠真会は目指します。

安心で安全なコースとクラス分け

空手道誠真会では、以下のコースを用意しております。

ご希望のコースを選択してください。

また、途中からのコース変更も可能ですので、気軽にお申し付けください。

◆フルコンタクトコース・・・・直接打撃を行うコースです。
◆ライトコンタクトコース・・・直接打撃ですが、手加減します。
◆ノーコンタクトコース・・・・相手の体に触れずに、寸止めするコースです。

■クラス分けは、以下の通りです。

幼年部:4歳〜6歳(未就学の男女)
少年部:7歳〜14歳(小中学生の男女)
一般部:15歳以上(高校生以上)
壮年部:35歳以上
女子部:18歳以上の女性の方

詳しくは、入会案内をご覧ください。

空手道誠真会 館長

館長 佐藤康貴

◆1975年生まれ
◆15歳で、極真会館群馬支部に入門
◆18歳で上京後、東京城南支部で稽古に励む
◆第一回群馬県交流試合 優勝
◆群馬県型競技大会 優勝
◆第16回、第17回、第18回全日本ウェイト制選手権大会出場
◆第33回全日本選手権大会出場
◆第3回全日本型競技選手権大会 4位
◆元・極真会館 弐段
◆趣味     読書 筋トレ 良質のプロテイン探し
◆好きな食べ物 ラーメン
◆嫌いな食べ物 酢豚(小学校で出た給食の酢豚に衝撃を受ける)
◆好きな俳優  ロバート・デ・ニーロ
◆好きな映画  ゴッドファーザー
◆好きなマンガ ゴルゴ13 まんが道 
◆身長177cm
◆体重70kg〜80kg

2007 冬季審査会 −黒帯誕生−

12月16日、2007年最後となる審査会を行いました。
今回の受審者は初・中級帯が多く、上級帯はわずかとなりました。
しかし、今回の審査会には1年ぶりに昇段挑戦者が現れました。
太田道場N・Tです。
1年前のS・R同様、厳しい稽古を重ねてついにこの日を迎えました。
昇段申込書を彼に渡した時、
「Tもいよいよここまできたんだなぁ」と
感慨深くなったものです。
よく頑張ってきたなぁ・ここまでよく耐えたなぁ、と。
入門時からは想像もつかないほど逞しくなったT。
彼のここまでの道のりを追ってみたいと思います。

彼は私が以前指導していた道場で年中の時、入門してきました。
その頃、私は選手生活をしながら一般・少年と指導していたのですが、
今振り返ると自分の事で精一杯だったのか、道場生の入門時をあまり
覚えていませんでした。
しかし何故か、Tの事ははっきり覚えています。
坊主頭で入門してきたTは整列時、一緒に入門した子の真後ろに
たまたま並び、以来その並び順になったのですが、移動稽古の蹴りの時に
ニコニコしながら前の子のお尻を蹴りながら移動するのです。
何度もするので私が注意すると、プーッと頬を膨らませ顔を真っ赤にして
ちょっといじけるのです。
その内、当時私の指導補佐をしていたHさんという方が、
「おいっ、坊主!先生の言う事を聞け!」と叱るようになりました。
そう、その当時のTは年中らしくやんちゃ坊主だったのです。
Tは注意されても良い意味でへこたれないので、どちらかというと
下級帯担当だったHさんがよく面倒を見るようになり、気付くとHさんが
Tのことを、
『坊主』
と呼ぶようになり、いつしか私もTを坊主と呼ぶようになっていました。
しかし、私もHさんも叱りながらも面白い奴が入ってきた、とよく二人で
話したものです。
その後も坊主は天性の明るさで道場内を猿が駆け回るかのように
飛んで回るのでした。
元気一杯、まさにそんな感じでした。

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カラテ指導顛末記 vol.3 井原最終章

井原ファンの方(そんな人いるのかな?)、お待たせしました。
今回は井原・最後のドラマをお送りします。

その後、井原は順調に稽古を重ねていきました。
道場内では何かと話題を振りまくのですが、稽古は真面目に
来ていました。
そんなある日、いよいよ稽古内で組手をさせることにしました。
いささか緊張気味の井原。
相手は茶帯からオレンジ帯まで。
勿論色帯には力を入れさせずに組手をさせます。
一人目の相手は緑帯の大原さん(仮名)。
大原さんは非常に温厚な方で私と同い年です。
しかし、数々の大会で実績を残す強い人間です。
まぁ、大原さんなら無茶はしないだろうと思い、井原の相手に選ぶ。
組手が始まった。
井原に攻撃させ、良い所を引き出すような組手を大原さんは
していた。
何回か技を返した大原さん。軽く返してはいるのですが、力差があまりにも
違うため、技をもらう度に苦痛の表情をする井原。
結局遊ばれたような感じで井原の組手は終わった。
時間がきました。
礼をさせ引き上がる時、井原は振り向きざま、ボソリと一言言った。
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白洲次郎 part2

前回に引き続き、白洲次郎の話をしたいと思う。
私がこの白洲次郎を好きなのは、多分性格的に
共感出来る部分があるからだと思う。
将来、こういう風になりたいと思う自分の理想像に
白洲次郎はぴったりだった。

何年か前、親父と話していた時、私は白洲次郎の話をした。
すると、知らないと思っていた親父も
白洲次郎を好きだったことが分かり、
2人で酒を飲みながら白洲次郎の話を夜通ししたことがあった。
それからというもの親父と私は白洲の真似をし、ある事をしているのだが、
それは秘密ということで(笑)。

話が逸れたが、では白洲次郎の話を1つ。
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白洲次郎 part1

今回は私の大好きな人物について語ってみたいと思う。
その人物の名は白洲次郎。
私は高校生の時、白洲次郎を知って一発で好きになった。
最近、TVや雑誌で人気を集めているが遅い遅い(笑)。
でも白洲次郎が注目されるのは非常に嬉しい。
日本で一番かっこいい男と言われ、若くして英国で学び
英国紳士道を貫いた男、白洲次郎。
簡単に白洲次郎を紹介すると・・・。
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真夏の怪談

8月13日(月)
暑い日が続いていますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
今日は少し涼しくなってもらうべく、
私の奇妙な実体験を話したいと思います。

私が大学生の時住んでいた八王子のトラズ(仮名)マンション
での話です。
この部屋には大学1年〜3年の秋まで住んでいたのですが、
入居してからというもの何か変な感覚に見舞われるようになりました。
まず入居して2ヶ月後に体調不良で1ヵ月入院。
(しかしこれには理由があり、この入院はこじつけとも言えますが・・・)
そして、いつも誰かに見られてる感覚に陥りました。
詳しい話の前に私の部屋を説明しておきますと・・・

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小学生の青い春? 完結編

邑楽戦敗北から一週間後-。
練習を再開した我らがハヤブサイレブン。
敗戦のショックは引きずっていたが、新たな目標に向けて
走り出しました。
そんな時、先生からFC.邑楽が優勝したことを知らされました。
決勝はPK戦での薄氷の勝利だったと。
-PKか。相手チーム頑張ったな。邑楽相手にPKにまで持ち込むとは・・・。
誰かが先生に聞いた。
『相手、何ていうチームですか?』
『高田SSS(スリーエス)』
高田SSSか・・・。

2ヶ月後、この高田が我々の前に立ちはだかろうとは
この時の我々にはまだ知る由もない-。
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小学生の青い春? -サッカー部時代-

先日、小・中学時代の友人達と集まった。
ちょっと小さめな同窓会というとこだ。
その中で、小学時代のサッカー部での試合のビデオテープを
みんなで観た。
これはチームのメンバーの保護者がビデオカメラで
撮っておいてくれたものだ。
懐かしい映像だった。
そして、
熱い我々がそこにはいたー。



私は小学生の時、サッカー部に所属していた。
ポジションはゴールキーパー。
前も書いたが、キャプテン翼の若林君に憧れていたからだ(笑)
みんなでやる休み時間のサッカーでさえ、キーパーをしていた。
私達のチーム名は
『金島ハヤブサイレブン』
小学でサッカーをしていた人なら聞いた事のある名前かもしれない。
我々の2年先輩は全国大会に出場していたし、昔から結構強かった。
であるから、練習はとにかく厳しかった。
朝練1時間、夕方は3時間はやっていた。
帰るのは家が学校から5kmも離れていることもあって、
20時、遊びながら帰ると21時頃だった。
よくもまぁそんな時間まで親連中は心配もせず、
放っておいたものだと思う(笑)
時代といえばそれまでだが・・・。

ハヤブサイレブンは当時、1軍から4軍まであった。
だからレギュラー争いは激しかった。
私達の代になり、まず目標にしたのが県大会を優勝し、
夏に行われる全国大会出場だった。
我々は優勝候補・4強の一角だった。
一番の優勝候補はFC.邑楽。
予選12試合を全勝し、北毛地区を1位通過した後、
群馬大会決勝トーナメントが発表され、順当にいけば準々決勝で
そのFC.邑楽と当たることとなった。
我々は燃えた。
絶対勝つ!とみんなで誓った。

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カラテ指導顛末記 vol.2 井原のナンパ

今回は井原第2弾をお送りします。

-その後、
井原は真面目に道場に顔を出していました。
しかし、マンツーマンでの基本稽古は全く進まず、一週間経っても
突きしか終わっていませんでした。
井原が入門してから一ヶ月後、親子連れの女性が入会してきました。
女性の名は大橋さん(仮名)。
小学生の息子と二人での入会でした。
井原とほぼ同時期入会の為、大橋さん親子と井原の3人で一列に並ばせ、
マンツーマンで基本指導を行うことにしました。
大橋さんは驚くべき速さで基本をマスターしていきました。
井原はそれに反比例するかのごとく、覚えが遅くなってきました。
理由は・・・
隣りにいる大橋さんばかり見ているのです。
チラ見全開。
そして私の言う事なぞどこ吹く風。私は井原に注意しました。
「井原。前を見なさい」
『デシっ!』
しかし、暫らくするとまた大橋さんを横目でチラチラ。
私は一旦休憩にしました。
休憩中、私は稽古初日で緊張されている様子の大橋さんに声をかけ、
緊張をほぐそうとしました。
私は大橋さんと話している最中、横から目線を感じました。
見ると井原が遠くからちょっと睨んでいるのです。
-何だ、あいつ。あんな目で見やがって。
私は井原に
-何だ!?何か用か?
と聞くと
『何でもないッス。デシっ!』
と言ってきました。
だったらいいが・・・。
再開後、私は井原と大橋さんの間に大橋さんの息子を挟みました。
「では続きから始めます。」
と言うと、井原が
『デシっ、先生。並び順間違ってます。デシっ!』
と言うので、
「これで始めます。」
と言うと、ガックリ肩を落とし、不満気な顔をする井原でした。

数日後-。
みんなと外れて3人での基本稽古をしている日々が続いていました。
合間の休憩中、井原は大橋さんに近寄り、何やら話している様子でした。
観察するに、どうも大橋さんに基本を教えているようです。
私は凄まじく気になりました。
-あいつ、変な事教えないだろうな・・・。
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カラテ指導顛末記 vol.1 井原降臨

久々の館長日記は、私の空手指導の
過去から現在に至る過程の中で、選りすぐりの風変わりな
エピソードの数々をお話致します。

私が25〜26才の時、
その当時、指導していた道場での話。
この道場は土地柄か、外国人の道場生も多く、
性格的にも色々なタイプの方々が稽古していた道場でした。
その道場で指導を始めて半年が過ぎた頃、
私の空手指導の中で、ある意味最も心に残る、一人の人間が
入門してきました。
その男の名前は井原(仮名)。
当時17才。高校生でした。
初めて井原が道場に来た時、私は
これまた随分とバカボンに出てくるおまわりさんに
似ているなぁと、感じたことを今でも鮮明に思い出します。
100%入門したいとの事なので、入門誓約書等に
記入をお願いしました。
井原は学校名記入欄に見たこともない
漢字を書きました。
私は読み方がどうしても分からないので井原に聞きました。
「これ、何て読むのかな?」
『むさし』
「あぁ〜、武蔵ね。分かりました」
武蔵の蔵の臣の部分が 匚 になっていたので
聞いてしまったのです。
そして、井原は続けてこう言ってきました。
『ここの空手は俺のパンチ&キックを本気で当てていいんですよね?』
「パンチ・・何?」
『パンチ&キック!』
「あっ、あぁ〜、いいよ。思いっきりやっていいからね」
パンチ&キックなんて言ってくると思わないから
思わず聞きなおしてしまったのです。
井原は手の平にグーをバシバシ当てながら
『よ〜し!』
と言いました。
これが道場に井原の嵐が吹き始めた瞬間でした。
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燃えろ!全日本大会 祝!全日本第3位!!

4月30日、第13回全日本青少年大会が行われ、
誠真会からは10名が参加しました。
10名中8名が全日本初出場の為、保護者の方を含め
皆緊張気味でした。
私もこの全日本は初めてだったので、レベルが如何程か気になり、
かなり殺気立っていた気がします。
誠真会の試合トップバッターは太田N・T、次いで太田S・R。
いきなり誠真会ツートップが出陣です。
が、開会式前にアップ出来なかった為、開会式後のわずかな時間に
アップを済ませ、試合に臨みました。
とにかく一回戦を無事に勝つ事。
これだけを彼らには望みました。
というのも、アップが十分でなかったし、周りの期待が高くプレッシャーも
強いと思われ、しかも誰でも初戦の入り方が一番難しいので
通常の動きになるのは2回戦以降だと思っていたからです。
ーここを何とか乗り切ってくれ・・・。
心の中で叫んでいました。
そしていよいよN・T(以後T)の試合が近くなりました。
Tは試合前、こう話していました。
『試合が楽しみで仕方がない。
誠真会の俺が負けるはずがない』と。
頼もしい言葉でしたが、T父曰く
『緊張している・・・』とも言っていました。
私も最終稽古の時、彼ら二人に
『お前達はみんなより先に絶対負けるな。お前達が負けたら
みんなビビッちゃうから。絶対生き残れ!』
と話していました。
プレッシャーを感じるとは思いましたが、彼らならやってくれると
信じていました。
そんな周りからの大きな期待を背負い、Tは誠真会トップバッターとして
絶対落とせない状況の中、試合場に上がったのです。
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0276−38−6421
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