空手道誠真会は、群馬県下の太田市、館林市、渋川市、兵庫県芦屋市の各道場で、空手を通じて人格を形成すべく、稽古に励んでいます

更新情報・お知らせ

2008/08/24
私の20世紀少年 −part1ー
2008/08/13
再燃!土方歳三
2008/08/08
8月7日 -ど忘れの内容-
2008/07/13
ラーメン山岡家の謎
2008/06/15
2008 夏季昇段昇級審査会 −黒帯誕生−
2008/05/06
第14回全日本青少年大会 祝!第3位
2008/04/17
我が空手道part1 -入門-
2008/03/31
押忍
2008/03/10
2008 全日本大会
2008/01/28
ザ・ターゲット

空手道誠真会の目指す空手

誠真会YouTubeチャンネル  「誠真会 Seishinkai Karate」

誠真会Instagramインスタ  「誠真会」

誠真会facebook 「Karate Seishinkai」

誠真会の目指す空手は、人生にとって、また日々の生活にとって意味のある空手です。

少年部:礼節 (礼儀は周りとの関係を良くする潤滑油。謙虚さと感謝の気持ちを身に付ける。)

    忍耐力(夢や目標を達成するために必要な精神力。継続する力の養成)

    観察力(稽古は真似ることから。自分に足りないものは、周りが気付かせてくれます)

一般部:関係性の構築(手足の連動性を稽古で身に付けましょう)

    中庸の心(鍛錬により、常に精神の安定を目指しましょう)

    哲学の身体化(培ってきた思考を動作に反映させられるよう鍛錬しましょう)

空手の鍛錬により自分を知り、思考のバランスを整え、心身の調和をはかり、

気力体力が充実し、人生を心豊かに過ごせるような空手道を誠真会は目指します。

安心で安全なコースとクラス分け

空手道誠真会では、以下の会員コースを用意しております。

ご希望の会員コースを選択してください。

また、途中からのコース変更も可能ですので、気軽にお申し付けください。

◆新オンライン会員・・・・配信で稽古をするコースです。
◆ 一般会員・・・・道場またはオンラインで稽古をするコースです

■クラス分けは、以下の通りです。

幼年部:4歳〜6歳(未就学の男女)
少年部:7歳〜14歳(小中学生の男女)
一般部:15歳以上(高校生以上)
壮年部:35歳以上
女子部:18歳以上の女性の方

詳しくは、入会案内をご覧ください。

空手道誠真会 館長

館長 佐藤康貴

◆1975年生まれ
◆15歳で、極真会館群馬支部に入門
◆18歳で上京後、東京城南支部で稽古に励む
◆第一回群馬県交流試合 優勝
◆群馬県型競技大会 優勝
◆第16回、第17回、第18回全日本ウェイト制選手権大会出場
◆第33回全日本選手権大会出場
◆第3回全日本型競技選手権大会 4位
◆元・極真会館 弐段
◆趣味     読書 筋トレ 良質のプロテイン探し
◆好きな食べ物 ラーメン
◆嫌いな食べ物 酢豚(小学校で出た給食の酢豚に衝撃を受ける)
◆好きな俳優  ロバート・デ・ニーロ
◆好きな映画  ゴッドファーザー
◆好きなマンガ ゴルゴ13 まんが道 
◆身長177cm
◆体重70kg〜80kg

私の20世紀少年 −part1ー

浦沢直樹原作の大ヒット漫画、『20世紀少年』が公開された。
マンガは面白かったが、映画ははたしてどうか?
今回は20世紀少年のノリで昔のある話を一つ・・・。
書き方は違いますが勿論実話です。

ー 1987年、夏。
まだまだ家の周りには原っぱがいっぱいあった時代。
夏休みに入った僕達は例によってその日も探検に出かけた。
セミの鳴き声がうるさい。
暑さで空気が揺らいでるように見える。
夏休みに入る前に僕達2人は秘密基地を作ることを約束していた。
今日はその秘密基地をどこに作るかを探す冒険なのだ。
いつも学校に行くのに使う裏山じゃつまらない。
行ったことのない場所を探してみよう、ということになった。
幸い、家から少し離れれば周りは森ばかり。
『木や小枝を折って小屋みたいな秘密基地作ろうぜ』
そう友人のカズと話していた。
『でも俺達だけじゃさすがに難しいだろ?』
私が言うと、カズは
『じゃあ、いつものあいつら呼ぶか?』
と言った。
あいつらとはいつも一緒に登下校するサッカー部の奴らの事だ。
俺達は10人くらいで毎日学校まで通っていた。

『あいつら、ちゃんと作るかなぁ?』
俺が言うと
『まぁ邪魔になったら帰しちゃえばいいよ。手伝わせようぜ。』
と言ってカズは早速走って呼びに行ってしまった。
集合住宅地だから家同士は近い。なので戻ってくるまで
そんなに時間はかからないと思うが・・・。
呼びに行った奴らは小5や小4ばかり。
俺達小6の同級生を呼べば秘密基地作りもはかどるのにな。
俺は今日探検してみる予定の森の前で待つことにした。
座って待つ。
毎日暑いなぁ。夏休みの宿題は今日の分やっちゃったし、あとは
基地作るのにいい場所が見つかれば今日は最高だ。
正面を見れば、遠くに赤城山が見える。
町も見えた。
空が青い。
そのせいか雲が一層白く見える。
赤城山の上にモクモクの入道雲がある。
今日はまた夕立があるかもな。
昨日も夕方1時間くらい降った。
公園で野球をしていたところに降られた。
俺達の遊び時間に降るんじゃねえよ。
毎日そう思う。
カズはまだ戻ってこない。
あいつ、何やってんだよ。マラソン早いくせに!
カズはうちの小学校のマラソン大会では無敵だった。
『もしかして全部の家回ってるんかな?大体あいつらがいる家なんて
決まってるのに。ユキの家でファミコンしてるのがほとんどじゃん。』
俺達は普段激しく動いていたので、夏休みとかになると最初のうちは
普段出来ないファミコンをしまくっていた。
俺も帰ったら燃えろ!プロ野球でもやろ。
秘密基地も作るしファミコンも思いっきり出来るし、どんだけ遊んでも
明日も明後日もその次の日もずーっと休みなんて嬉しくて仕方がない。
顔がつい、にやついてしまう。
ホントににやついてたら、坂の向こうからカズが何人か引き連れて戻ってきた。
ようやく戻ってきやがった。
『おせーんだよ!』
俺が言うと
『黙れ。俺様のおかげでこれだけの人数が集まったんだぞ。感謝しなさい。』
とカズが言ってきた。
カズが連れてきたのはカズの弟・小4のスミ。同じく小4のラッシャー。
その兄貴の小6キム。小5のユキ。小6のブー、弟の小3ゴロー。
そして俺の弟リュウまで連れてきた。
これで全部で9人。
確かにこれなら基地が早く作れるかも。





»詳細を表示する

再燃!土方歳三

最近、マイブームで土方歳三がきた。
土方歳三とは幕末の京都を震撼させた新選組の副長である。
私は興味ある人物が出来ると、その人を徹底的に調べるのだが、
土方歳三に関しては22〜3才の時、興味があり調べる内に好きになった。
それ以来、二度目の土方ブームである。
私が好きになったきっかけは、土方を好きな人は必ず通るであろう、
司馬遼太郎の『燃えよ剣』である。
それまでヒールとして捉えられていた新選組、土方歳三らを
一転、男の生き様のある種手本となるような人物として
書き上げた名著である。
この間、私の本棚にあった燃えよ剣をたまたま手に取り、
少し読み返したらまたあの感動が甦ってきた。
そういえば私が土方に流行った頃、たまたま土方関連の本が
たくさん発売され、益々土方に魅了された覚えがある。

私は土方歳三の生き方が好きだ。
男とはこうであるべきだ、とさえ思ってしまう。
燃えよ剣の下巻には私の好きな文句が色々とある。
興味がある方は是非読んで頂きたい。

第1次ブームの時、私は東京日野にある土方歳三記念館に行った。
(ここは元々は土方歳三の生家で、
つい最近まで(平成2年頃)当時のままの家であったが、
区画整理か何かで仕方なく壊し、その跡地に新しく建て、
今は土方の末裔の方々が住んでいる。)
家の一角が小さな記念館になっており、
土方の使った様々な物が展示してあるが、中でも興味があったのが
土方の愛刀・和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)が展示されているとの
ことだった。土方が死ぬ直前、市村鉄ノ介に写真と共に渡したとされている。
(この兼定には諸説あるらしい)
目の前にある和泉守兼定を見て、心が震えたのを覚えている。
--これで土方は戦ってきたのか・・・。
何とも言えない気持ちになった。
入口脇には生家から残した柱があり、その昔、土方は風呂上りにその柱に
相撲の鉄砲をよくしていたという。
また、その脇には土方が武士になりたい、という思いで植えた矢竹が
生えていた。
友人と行ったので写真を撮り、土方家付近の浅川の土手・土方の墓を回り
帰ってきた。
夕焼けが綺麗なのが印象的だった。
記念館が広くなったようなので、近々また行きたいと思っている。


『男の一生というものは、
美しさを作るためのものだ、自分の。そう信じている』
                          - 土方歳三





8月7日 -ど忘れの内容-

最近、崖の上のポニョの公開が始まった。
私は普段、映画を見るのが好きなのだが、宮崎映画も一応目を通している。
その中では天空の城ラピュタが群を抜いて好きだ。
ナウシカは先日のTV放映で初めて見た。
トトロは全部見たことが無い。
他のは大体見た。
しかし、やはり私はラピュタだ。
その影響もあってか、私は夏の入道雲が非常に好きだ。
いつまでも見ていたい時もある。
この間は、運転しながら思わず見とれてぶつかりそうになった。

ポニョが始まって宮崎映画を思い返した時もあったが、この間、
渋川に向かう道中、どうしても思い出せないことがあった。
何かと言うと、
崖の上のポニョの『崖』が出てこなかったのである。
何の上にいたか、どうしても思い出せない。
CM等で見たイメージしかないので情報は限られている。

『魚の上のポニョ』
・・・ちょっと違う気がする。もっと語呂が良かったはず。

『坂の上のポニョ』
・・・そうだ、確か漢字一文字で多分、ひらがな2文字くらいの気がする。

『玉の上のポニョ』
・・・これは違う。見た感が辺。

ポニョが何の上にいたのか、絶対思い出す!!
久しぶりに頭をフル回転させる。

『海の上のポニョ』
・・・・・・これの気がする。そういえば、海の上を走っているシーンがあった。
これだ!

私の中で90%決定した。
これに違いない。
ただ一抹の不安がある。
それは『崖の上のポニョ』というフレーズだ。
崖か・・・。あれ?崖だった気もする。そんな気がしてきた。
でも・・・・崖の上にいたら危ないよな!やっぱり違う。

途中、崖というフレーズがが出てきたのだが、
危ないという理由で却下してしまった。
惜しかった!
そのまま海で決定した私は、海に疑う余地もなく、
渋川道場で皆に
『ところで君達。海の上のポニョはもう見たのかい!?』
と聞いてバカにされたのは言うまでもない。
『何それ?』
と、海だけに冷たい反応だった。(これもどうか)

崖を思い出せない一人の30代男性の話でした。
                                     おしまい















ラーメン山岡家の謎

ご存じのとおり(本当か!?)
私はラーメン好きである。
空手の次にラーメンが頭の中を支配している(本当ならヤバい)。
最近、群馬県内至る所に『山岡家』というラーメン店を見かける。
1〜2度行ったことはあるが、結構好きなラーメンだ。
車で移動する事が多い私は最近山岡家を見かける頻度が多く
なってきており、山岡家の店舗を見かける度に
ある点に疑問を抱くようになっていった。
ズバリ、

『何故、中央分離帯がある道路沿いに店舗を設置している店が多い??』

という点である。
4・6車線ある道路沿いで交通量が多い場所に店舗があるのは良いと思う。
だが、中央分離帯があったら逆側から来た車は入りたくても入れない。
いちいちUターンしてまで、という利用者はやはり少ないだろう。
私が見かける店・店がいつも中央分離帯が存在する場所ばかりなのだ。
一体何故なのだ?
何故そこばかり狙うのだ?

私の中の山岡家の謎である・・・。

PS 中央分離帯のない店の目撃情報を求む。

                                おしまい

2008 夏季昇段昇級審査会 −黒帯誕生−

6月15日、夏季昇段昇級審査会が行いました。
今回は通常より若干人数が少なかったのですが、
発足4年目にして初となる一般の昇段挑戦が行われました。
挑戦者は太田I・S君。
彼の昇段挑戦までを書き記したいと思います。

I君と私の出会いは誠真会発足前、私が指導していた道場でした。
私といつも一緒に稽古していたS・Hさんの紹介で入門してきたのが
I君でした。
Sさんは整骨・整体等の仕事をしているのですがそのSさん曰く、
『自分が今まで見てきた人間の中で体が1番硬い』
とのことでした(笑)。
入門当初のI君はそんな印象を壊さない、見事な強度を保っていました。
その強度は悪魔将軍並みだと思います。
何しろ準備運動で前屈をしようと足を前に揃えると後ろに倒れてしまったり、
中段を蹴ろうとしてひっくり返ったりしたことがあったものです。
(自分の限界を超えた高さを蹴ろうとすると安定がなくなり
転倒しそうになるあれです)
あの時は未来永劫I君が上段を蹴れることはないだろうと思ったものです。
そんなI君でしたが、生来の真面目な性格もあって着実に力を付けていき、
関東錬成大会初級重量級でベスト8に入るなど、
実績も残すようになってきました。
元々野球を初め、スキーやボード、ゴルフなど実は何でも出来る
I君ですから当然と言えば当然かも知れません。
»詳細を表示する

第14回全日本青少年大会 祝!第3位

先日、全日本青少年大会に参加してきました。
今回の出場者は10名。
今大会での特筆すべき点といえば、何といっても渋川K・M君の
3位入賞でしょう!
早くからこの大会を視野に入れ、
厳しい稽古を積み重ねてきた証だと思います。
一回戦では去年の優勝者から上段で技ありを奪い勝利し、
そのままの勢いで一気に駆け上がっていきました。
個人的にはもう一つ上までいってもおかしくなかったと思いますが、
それは来年までとっておきましょう。
ただ、そうした喜びの一方、大きな反省点がよく見えた大会でも
あったと思います。
単刀直入に言えば、覇気が無かった選手が
多かったのではないでしょうか?
何のために全日本に出たのか?
記念に・思い出作りにですか?
勝負に対しては必ず勝つ!という強い気持ちを持って臨むべきですし、
本気で勝とうとして精一杯戦った結果、負けてもそれは今後につながると
思います。
ですが本気で勝つ気を持って戦った選手が
少なかったのではないでしょうか。
経験を積む場としての位置付けですが、もう少し覇気を持って
臨まなければ経験として何も残らない気がするのです。
勝敗にこだわってるわけではなく、折角の大舞台なのだから
もっともっと頑張って戦わないと勿体ない。
勿論素晴らしい戦いをした選手もいます。
去年3位の太田N・Tも今回は負けましたが、
壇上に上がった時・礼をする時の声の大きさ。
広い体育館に響き渡るのでは、というほどの大声で
礼節をしていました。
見ていて清々しかったです。
Tだって大変緊張するタイプの人間です。ですがそうして大声で入り、
果敢に最後まで攻め続けました。
館林N・Kも一回り体格の違う相手に歯を食いしばり攻撃し続けました。
緊張・体格差・経験・・・関係ありません。
本人の試合に対する思いの差だと思います。
体格差を言い訳にするなら渋川K・Mの相手なんか差があり過ぎて
勝てるわけがありません。
しかしMの負けた相手はMよりはるかに小さい選手でした。
技術も勿論ですが、気持ちが強いのでしょう。
要は根性でしょう。

»詳細を表示する

我が空手道part1 -入門-

私は高校1年の6月10日に某空手道場に入門した。
何故6月かというと、高校入学と同時に入門したかったのだが、
父の猛反対があり、説得に2ヶ月かかったためだ。
その空手は当時はケンカ空手と呼ばれ、稽古の激しさは有名だった。
実は父もそこで1級まで取得しており、
そこの稽古の厳しさを肌で感じていたため、飽きっぽいお前などが
続くわけがない、と首を縦に振らなかった。
いつもなら反対などしない父が何度言っても聞き入ってくれないので
仕方なく私は叔父の家に行き、父を説得してくれるよう頼みに行った。
叔父もそこの黒帯を取得していたので、叔父の意見も聞きたかった。
父も叔父も当時は道場に通ってなく、今の雰囲気は分からないと言いつつも
叔父は
『悪いことは言わない。やめとけ。』と言ってきた。
何で?と反論すると
『お前は細すぎる。そんな体でいったらそこらじゅう折られまくるぞ。』
とのことだった。
当時の私は身長173cm、体重60kgくらいだから確かに細い。
大体なんでそんなに入りたいんだ?、と聞いてくるので
『そんなの喧嘩に強くなるため以外に何があんの!?』
と言ったら、
『そりゃそうだ。』と
叔父も笑っていた。
今なら不謹慎な発言かもしれないが、当時空手をやりたいなどという人は
それ以外に動機はないと思う。
私も喧嘩は弱くなかったと思うが、もっと確かな技術?が欲しかった。
喧嘩に負けたら男は恥、といつも思っていた。
叔父は
『お前が本気なら協力するから。俺からも兄貴を説得してみるよ。』
と最後は言ってくれた。
その後も私はどんなに辛くても辞めないからと必死で父を説得し、
しばらくして何とか入門の許可を得ることが出来た。

6月初め。
道場が家から遠いこともあり、父に車で送ってもらい緊張の面持ちで
その道場の門を叩いた。
車中、父は
『おい、本当にどうなっても知らねえぞ。覚悟だけはしとくんだな。』
と、言ってきた。
『ヘッ、そんな脅しに掛かってたまるか』と内心思っていたが、
道場に入った瞬間、父の言葉が嘘ではなかったことに気付くこととなる・・・。

»詳細を表示する

押忍

『涙そうそう』 BEGIN

古いアルバムめぐり  ありがとうってつぶやいた
いつもいつも胸の中  励ましてくれる人よ

晴れ渡る日も雨の日も  浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても 
おもかげ探して
よみがえる日は 涙そうそう

一番星に祈る  それが私のくせになり
夕暮れに見上げる空  心いっぱいあなた探す

悲しみにも喜びにも  想うあの笑顔
あなたの場所から私が
見えたら  きっといつか
会えると信じ生きてゆく

晴れ渡る日も雨の日も  浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても
さみしくて 恋しくて 
君への想い 涙そうそう

会いたくて 会いたくて
君への想い 涙そうそう

2008 全日本大会

先日、全日本大会に参加してきました。
この大会は初参加なので、レベルや進行状況等
何も分からない状態でしたが、結果的に見れば
非常に有意義な大会だったと思います。
レベルは高いとは思っていましたが、予想以上ではありませんでした。
まぁこんなものだな、って感じでしょうか。
それよりも厄介なのは体格の差です。
うちの道場生は1回戦・2回戦でかなりの強豪と当たっていました。
小4N・Tは去年の準優勝者・幼年K・Mは結局優勝した子と
当たっていました。
にも関わらず、Tは身長で10cm、体重で10kgの差がありながら、
かなりの接戦に持ち込んでおり、今後大いに期待の出来る内容でした。
Mも惜しいところまでいっており、他の子ももう一息、という感じでした。
»詳細を表示する

ザ・ターゲット

先日、渋川稽古の帰り道に学生時代によく使った道を通って帰った。
懐かしさを感じつつ通りながらも、急に高校時代に起きたアクシデントを
思い出した。今回はその話を。

あれは高校2〜3年の時だったろうか。
私は友人の『あゆ』と二人で自転車で登下校していた。
この友人・あゆは実は渋川道場のF・A君のお父さんなのだが、
私達は毎日二人で遠い自宅を目指し、帰っていた。
そんな毎日の中で、たまに金島小学校から自宅まで続いている道を
遠回りながらも使っていたことがあった。
そして、金小を自宅方面に行ってすぐに右側に
道路沿いに広大な敷地をもった家があった。
自宅までは結構な上り坂なのでいつも自転車を押して帰っていたのだが、
私達はその家の前を通るのがちょっと嫌だった。
何故かと言うと、大きな庭の木々の間にロープを通し、そのロープに
鎖・首輪を繋げ、ロープ間を行き来できるようにつながっている
バカでかい犬がいたからだ。
私は犬好きだが、この犬にはかなりの恐怖を感じていた。
何しろ吠え方が普通ではない。
私達が前の道を通るだけでガフッガフッ凄いのだ。
鎖を引きちぎらんばかりに私達めがけて跳びついてくる。
しかも勢い余って背中から落ちるほどにだ。
鎖はガシャンガシャン言っている。
『おいおい、あの鎖切れないだろうな・・・。』
»詳細を表示する

お問い合わせ

お問い合わせは、お近くの道場まで直接お越しください。

お電話・メールでの問い合わせ
0276−38−6421
info@seishin-kai.com

QRコード

スマートフォンでもPC表示に切り替えてご利用ください。

qrcode

↑ PAGE TOP